三重大学准教授 勝川 俊雄
 
今年11月に国際自然保護連合がレッドリストを改訂し、新たに日本近海に生息する太平洋クロマグロを絶滅危惧種に指定しました。レッドリストは関係諸国に保全の必要性を示すのが目的であり、指定されたからといって、ただちに強制的な規制がかかるわけではありませんが、関係諸国が連携して、保全措置を執ることが強くもとめられています。また、クロマグロの大半を消費する日本には、世界から厳しい目が向けられています。

クロマグロは、太平洋を横断して長距離回遊することが知られていますが、主な生息域と産卵場は日本の排他的経済水域の中にあります。クロマグロ回復のカギを握っているのは、われわれ日本なのです。
 

1950年代には、4万トンあった漁獲量は、現在は1万5千トンまで落ち込んでいます。国別に見ると、最も漁獲が多いのが日本で、その次にメキシコです。台湾、韓国、アメリカ合衆国も漁獲をしているのですが、その量は微々たるものです。クロマグロ漁業には、未成魚中心の漁獲、産卵場での集中漁獲、規制の欠如という、解決すべき3つの問題点があります。
 

  まずは未成魚中心の漁獲についてです。
 

この図は、人間が漁獲したクロマグロの年齢構成です。0歳や1歳といった赤ちゃんマグロが漁獲のほとんどを占めています。カツオぐらいの大きさです。これらの赤ちゃんマグロは、「ヨコワ」とか、「メジマグロ」という名前でスーパーでも見かけることができます。獲っているのも、食べているのも、ほとんどが日本人です。
クロマグロが卵を生み出すのは3歳から。すべての個体が卵を産めるようになるのは5歳からです。卵を産む前の赤ちゃんの段階で漁獲したら、次世代を生み出すことができません。もう少し待って、大きくしてから獲った方が、価値が高くなるので、資源の有効利用という観点からも、もったいない獲り方です。
 

2番目の問題点は、産卵場での集中漁獲です。クロマグロの産卵場は、沖縄周辺と日本海の2カ所のみです。どちらも、日本の排他的経済水域です。普段は広範囲に分布しているクロマグロも、毎年、6月から8月の産卵期になると、群れをつくって産卵場に卵を産みに戻ってきます。2004年から、日本の大型巻き網船団が、日本海の産卵場で待ち伏せして、産卵群を一網打尽にするようになりました。それ以降、日本周辺で操業する一本釣りや延縄のクロマグロの漁獲量が激減しています。クロマグロを生活の糧としている、多くの沿岸漁業者にとって死活問題です。赤ちゃんマグロと、産卵期のマグロを集中漁獲すれば、マグロがどんどん減っていくのは当たり前です。

3つ目の問題点は、これらの漁獲が、これまで何の規制もされていなかったことです。クロマグロに関する国の漁獲規制はほとんど存在せず、沿岸の釣り漁業、定置網、沖合の大型まき網漁業は、クロマグロを1年中、好きなだけ獲ることが出来ました。その結果、絶滅が危惧されるような水準までマグロを減らしてしまったのです。
このままではワシントン条約でクロマグロの国際取引が規制されかねません。そこで、関係漁業国は、大慌てで、クロマグロの漁獲規制について議論を進めています。今月サモアで開催された国際会議で、日本を含む各国は、2002年から2004年を基準に未成魚の漁獲量を半減させることで合意しました。
これまで漁獲規制が無かったクロマグロに対して、各国が漁獲量の上限を設定したという点では、意義がある会合でした。では、この規制でクロマグロは回復するのでしょうか。
 

この図は日本のクロマグロ未成魚の漁獲量を示したものです。水産庁は2012年までのデータしか公開していないので、2013年と2014年は、私が産地の水揚げ情報から推定したものです。この赤い点線が今回合意した漁獲上限の4007トンです。ここ数年は漁獲量がこの上限に達していません。未成魚の漁獲量半減というと、とても厳しい措置のように聞こえますが、実際はそうでもないのです。今よりもずっと多くの未成魚が獲れていた10年以上前の漁獲量を基準に半減しているので、これまで通り、未成魚を獲り続けることができます。商品の元値をつり上げ、大幅に割り引いて販売しているように見せかける二重価格と同じ仕組みです。また、未成魚は漁獲量半減ですが、成魚に関しては、10年前の漁獲量を据え置きですから、がんばって獲っても到達できないような水準になります。今回合意した規制では漁獲にブレーキがかからないので、価格への影響はあまりありません。逆に言うと、資源の回復もあまり期待できない事になります。

日本では、漁獲規制は消費者に不利益をもたらすと考える人が多いですが、実はそうではありません。今、漁獲の中心である1歳のマグロを、5年後に大きくしてから漁獲するとどうなるでしょうか。
 

自然死亡で個体数は4分の1に減ります。しかし、体の大きさが3.4キロから、92キロへと、約30倍に増えるので、漁獲量としては7倍に増えます。また、1キロあたりの単価も約10倍に増えるので、生産金額は70倍になります。さらに、6歳で大きくなってから漁獲をすれば、すでに何回も卵を産んでいるので、資源の回復にも役立ちます。このように、適切な漁獲規制を行うことで、資源が回復し、漁業が儲かるようになり、消費者も今よりも多くのマグロを持続的に食べられるのです。

 大西洋には、大西洋クロマグロという別の種のマグロが生息しています。大西洋クロマグロも乱獲で激減したことから、2010年にワシントン条約で、規制をするか議論されました。それを転機として、EU主導で厳しい漁獲規制を導入した結果、資源が順調に回復しています。日本人は、海外から水産資源の持続性について指摘されると、「われわれの食文化を否定するな」と感情的に反発しがちです。しかし、食文化だからという理由で、非持続的な消費を続けていたら、遅かれ早かれ資源が枯渇して、文化自体が成り立たたなくなってしまいます。
子の代、孫の代へとマグロ食文化を伝えていくためにも、絶滅危惧種指定の意味を真摯に受け止めて、漁業者も消費者も一時的な我慢をすることが求められています。